教える

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教える事とその人の能力を引き出す事は違う。
能力を引き出すとは、自ら気づき、
磨きあげていくようなもの。
ある時点では同じ実力でもそこに
差が出てくるのは、自分にはその分野で
才能があると信じているからである。
そして、そのことは教える事はできる。
しかし、そのきっかけは与える事が
できても、そのきっかけが本人の心に
響くかどうかは分からない。

「書く」ことを例に教えることを
考えてみたい。
子供達に作文を教える際に、
どれだけ赤ペンで句読点の位置を
チェックしたり、漢字に書き直したり、
言い回しを直したところで、上達はしない。
全く関係無さそうだが、それよりも字を
ゆっくりときれいに書く練習をしたり、
読書をしたほうが文章は上達する。
また、子供達の作品に対して、
一読者として感想を書くほうが
心に響く事が多く、上達する
きっかけになる。
書く事が好きだったり、
人に想いを伝えることに
ワクワクしたり、どうしても伝えたい
ことがあるのであればおのずと
文章力は向上する。
自分が大好きな分野で、伝えたいことを
文章にして人に伝え、嬉しくなるような
感想をもらえると次々と書く意欲も
湧いていき、自然と上達していく。
教えられる事も無く、自ら推敲し、
何度も書き直し、より充実した内容を
求めるようになるからだ。
そこではもう学ぶというより、
自ら磨きあげる状態に移っている。

私は経験から、「教える」とは
知識を伝えることと、能力を引き出す
きっかけを与えるこの二つにあると
考えている。
このふたつの歯車が噛み合う事で
加速度的に結果がでる。
この、きっかけとは「良さ」「特徴」、
できればオンリーワンの部分を見抜いて
あげることにある。
そして、それを表現する場を作り、
その内容や行動に対しレスポンスを返す。
それも、驚き、感動、尊敬、期待、
あこがれの気持ちをもって。
才能の種はその殻を破るために
周りからのこのような栄養を
必要としている
「教える」とはその人が持つ才能の種が
どんな種類のものであるかを一緒になって探し、
育てるようなものなのだ。

執筆 小川俊次


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