終わる時に解ること

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今日で、私達の田舎暮らしが、

一旦終了する。

2年前、食の安全と、農的生活を求めて

東京から乳飲み子を背負って、

高知県の相当辺鄙な

大自然のみしかない場所に越してきた。

小さい我が子の身の安全を案じて、

原発事故の影響に対して神経質になり、

兎に角近道で来れる方法で、

対して知りもしない人を頼って、

強引にやって来たのだ。

その結果、漫画の様にトラブルが続き、

でも、いつも人に恵まれて、

何とか無事に生きて来た。

正しく失意の底にいる時に、

新たな出会いを果たし、

私はヒーラーという

新しい生き方を手に入れた。

資本主義経済なんて糞食らえ

と思っていても、

ある時には、お金に困り、

夫は、パチンコ屋さんでも働いた。

沢山の挫折と失望も通り過ぎた。

けれど、いつもそこを通り過ぎ、

終わった時に、分かる。

その意味を。

頑なになっている所を

解きほぐす為であったり、

偏見を捨て去る為であったりした。

渦中は解らない、

苦しんだり、悲しんだ。

試してみもしない人や、

机上の知識だけでモノを言う人は

笑うだろう、

私達の失敗を。

批判するのが好きな人には、

格好の材料も一杯だ。

でも、
ここで出逢って心を通わせた人と、

泣き笑いで別れを惜しみながら、

次へ進む私達は、

終わりの時を迎えて、

全部の意味を知る。

だから、次に向かう。

だから、もっと高い所を見れる。

執筆 島貫めぐみ


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