分かって欲しいから

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子供は、よく、「見てー、見てー。」と

いつも見ていて、と主張する。

あんな事が出来たよ、

こんな事が出来たよ、と、

その喜びを、いつでも共有したいのだ。

その瞬間を、いつも、共に見届けて欲しいのだ。

そして、見ていてくれるだけでは、

満足出来なくなって、

両手を広げて、近寄って来て、

「抱っこ」と言ってくる。

言葉ではなく、触れ合いが欲しいのだ。

肌で感じていたいのだ。

不安な氣持ちを解消するのには、

言葉では足りない事を、

ちゃんと知っているのだ。

いつでも、自分を満足させる方法を、

ちゃんと知っているのだ。

だから、望みをいつでもオーダー出来るのだ。

大人は、どうだろう?

何かのキッカケで、

顔色ばかり伺って、

パートナーにすら、

自分の氣持ちを素直に言えない、

なんて事はザラなんでは無いだろうか?

大人だから、相手の都合も、

もちろん考慮しないとならない。

ただ、自分が、今、何が欲しいのか、

それを知っているだろうか?

遠慮を繰り返す内に、

自分自身の望みすら、

分からない様になっては

いないだろうか?

分からなくなると、

身体に不調が出始める。

それは、分かって欲しいからだ。

自分に、自分を。

相手に分かって欲しいと望むのと

全く同じ様に、

自分からも、分かってよ、の

サインとして、不調は来るものだ。

子供やヒステリーな女性、男の子は、

分かって欲しい、見ていて欲しいから、

わざと嫌がる事をしたり、

言ったりするが、

それと何ら変わりはないのだ。

みんな、同じなんだ。

そう思うと、不調や、

駄々っ子、我儘な人、嫉妬も、

何だか少し愛らしい。

絵&執筆 島貫めぐみ


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