死に出会う

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朝、いつもの様に、

洗濯物を回している間に、

玄米のご飯をお鍋で炊いていた。

少しいつもより早起きの家族と、

炬燵でのんびりしていた。

夫が携帯電話から顔を上げて、

「〇〇が亡くなったって。。。」

「どういうこと?!」と私。

だって、意味が分からなかった。

電話をしに席を立った

夫の背中を見守るが、

どうやら、その友人の死は真実のよう。

いつだって、死は突然やって来る。

すっかり、いつもの景色、

いつもの時間は、意味を失って

宙ぶらりんとなった。

なんでもかんでも車に積み込んで、

高知の山奥から車で、

東京にぶっ飛ばしている、今。

その友人の肉体の最後に

お別れを告げる為に。

幼い息子に、話して聞かせる時、

私は、さよならをする

という言葉を使ったら、

夫が、

「今まで遠くに離れて暮らして

来たけれど、これからは、

いつでも、其処此処にいて、

いつでも側にいるんだよ。」と。

そうだね、そうだよ。

そうだったね、ビックリして、

そういうの、吹っ飛んでしまったよ。

今まで何度も死に出会って来た。

慣れることはなく、

毎回、驚き、悲しい。

非物質世界と

コンタクトが取れる今でも。

ただ、もう、今は、

悲しみだけではない。

死の向こう側へ行ってしまった人が、

もたらしてくれた物に、

いつでも思いを馳せ、

いつも取り出しては感謝している。

こっち側にいる私は歳をとって、

故人が与えてくれたモノは、

私の成長と共に、理解が深まる。

もしかしたら、生きている時より

強く深い絆を感じてすらいる。

今夜、また、死を受け入れに

行かなくてはならなくなった。

情報として分かっていても、

目で見て確かめたり、

触りたかったり、

それが、こっち側の人間だからだ。

さようなら、ではなくて、

ありがとう、を伝える。

執筆 島貫めぐみ


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