生きづらさの中にある、あなたへ

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これまでに私たちが義務教育+αで学んできた”常識”からすると、
にわかには信じられないですが、、、。
一説によると、私たちの身に起こることは全て、
“たまたま”とか“偶然”とかで起こっているのではないらしいのです。
自身の人生を振り返って「あの事件が私の人生の転機だった!」と気付いたというのは、
よく聞く話ですが、すべては起こるべくして起こっていることらしいです。
結局、何かの“しるし”だったり、“きっかけ”に過ぎないのだとか。
そう考えると、人の一生とは何なのか、と考えずにはいられません。
すべてが予め決められていることならば、
人間が人間として生きている意味、とは一体何なのでしょうか。

ニール・ドナルド・ウォルシュ(Neale Donald Walsh)という人を媒体として
神から伝えられたという話が「神との対話」という本に記されています。
その中に、一つ、ヒントになり得る考え方がありました。
そもそも“人”というのは、
体(肉体)・心(非肉体)・魂(超肉体)の三位一体として存在しているのであり、
そのうちの“魂”がいろいろなことを実体験するために
“人”としての人生を生きているのだというのです。
人の肉体そのものには、物質世界で悲しいこと嬉しいことが様々に起こります。
“魂”はそれを承知で、その出来事を体験するために、
その人間の中に入り込んでいるらしいのです。

東京大学大学院医学系研究科救急医学講座教授の矢作さんも
ご自身の実体験に基づいて「人は死なない」という結論を出しています。

遡ればイエス・キリストの復活の言い伝えなど、その他にも、
肉体の存在に並行して魂の存在を示した話は、
国も文化も宗教も教育も異なる人々によって、しばしば口にされてきたことです。
結局のところ、“魂”の存在に気づいた人から、
その存在の“しるし”が次々と目に見える形になっていくということなのでしょう。

さて、私たちが、以上のような視点に立って自身の今の人生を振り返ったときに、
何が見えてくるのでしょうか?ひとつ私自身の体験で考えてみようとおもいます。

私は以前に働いていた会社で信頼していた後輩に騙されたことがあります。
そのことが心に引っかかり、なかなか前向きになれないでとても困っていました。
責任の一端は確かに自分にあるとしても、
なぜこのようなことが自分の人生に起こってしまったのかが全く理解できず、
様々な本を読んだりカウンセリングを受けたりと、もがき苦しんでいました。

ある日の夕方、新宿駅西口を通りかかると、
ちょうど、通勤帰りの人たちを相手に辻占いの占い師がたくさん並んでいるのが目に入りました。
その占い師の中に、小奇麗な格好をした初老の女性が居ました。
なぜかとても気になったので、一度通り過ぎたもののまた引き返して声をかけました。
「占ってもらえますか?」
私は、自分の身の上に起こったことを話し、
その理由がわかるなら説明してもらえないかと頼んでみました。
「その裏切った人は、貴方のためにその役割をしてくれたんだね。
有難いことだと思わなきゃ。」その占い師が言います。
「???・・・」全く意味がわかりませんでした。
けれども、あまりにも突拍子もなく意味不明な回答だったために、
私の心に強く印象づけられて残りました。

ここで、先ほどの永遠の“魂”が存在することを前提に彼女の言葉を考え直してみます。
この私自身の肉体において経験する事柄には
“魂”が経験してみたかった主題(テーマ)が含まれていると考えた場合、
人生を変えるような大きな事件は一つのメッセージとして受け取ることができます。

そうすると、自身の経験の中で出会う人々も全て、
自身のテーマを経験するための人生物語の中の
“登場人物”だったのかもしれないと考えることができます。
そうすると、
「その裏切った人は、貴方のためにその役割をしてくれたんだね。有難いことだと思わなきゃ。」
という占い師の言葉は、しっくりと私の中で意味を成す言葉に変わりました。

今まで頑張ってきたのにもかかわらず、何かの理由で、今、生きづらさを感じている方々。
人一倍難しいテーマを自身で選んで特殊な使命のもとに
“その人”として存在しているのかもしれないと、考えてみてはいただけないかとおもいます。

執筆者 たなか きょうこ


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