何にもしない時間

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一人の時や、

人といても、会話をするでもない時に、

ただ此処に、この身を預け、

ボーとする事の重要性と罪悪感。

本を読んだり、テレビをつけたり、

iPhoneでSNSを覗いたり。

何かしらの情報に触れ続ける事で、

何かをやっているという謎の安心感、

そして、不毛な時間。

携帯電話が普及してから、

何にもしない時間が

随分奪われてしまったと思う。

今や生活に欠かせないから、

無くす事も出来ないけれど、

意識して離さないと、

大切な瞬間を逃してしまう。

一人で入った喫茶店で、

その空間を味わう。

コーヒーを味わう。

感じた事を味わう。

のんびりという名の贅沢な時、

その心地を味わう。

夜中に目が覚めて、

家族の寝息に耳を澄ます。

今日一日を思い返す。

思い返した1日を再び味わう。

感じた事、気付いた事が出てくる。

明日に想いを馳せる。

こんな風な、瞑想でもない、

目の前にある事や、

自分の生活の中の事、

そんなものに思いを馳せる時間。

その休足のような時間に、

生産的な時間が作り出したものが、

身体の細部にまで染み渡る、

そんなものだと思う。

何にも作らない、

何にも取り入れない、

何にもしない時間に享受する。

自分が作り出したモノの意味を。

様々な断片が、結び付いて、

今が在るという事への理解を。

作らない時間に自然に手放す。

要らないものを、要らない事を。

何にもしない時間は、

無意識の自分に近い。

その自分とコンタクトを取る、

そんな事に近い感覚なのかもしれない。

執筆 島貫めぐみ


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