真理・道を求めて

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私が30年前に夜中にテレビを付けると、そこに現れたのは

シャーリー・マクレーン著「アウト・オン・ア・リム」という本

の紹介だった。それから、又、別の日の夜中にテレビを付けると、

ダリル・アンカさんのバシャールのチャネリングの実演だった。

今から思う事は、この二つがその後の私に少なからず影響を与えた

のである。

けれども、その影響は限定的なモノであったが・・・

これは導きとして見せられたのだと思う。

さて、今の時代に何故生まれ合わせたのであろうか?!

それは、今の時代、時と所を自ら選び生まれて来たのだと思う。

けれども、私は人生において過酷な体験をする事に成ったのだ。

それは小学5年生の時に現れたイジメられ体験だったのだ・・・

それは精神的な暴力なるものを初めて体験し、それがこの世に有る事

を身を持って知る事に成ったのだ。

過酷なる2年間を過ごし、やがてノイローゼ体験の人生が始まった

のである。

これは後に計画済みの事だったと思われるのだ。

それは、その後の人生において苦難の中から、道を求める、真理を

求める求道の日々が始まったからだ・・・

未だ道の途中であるのだが・・・

さて、様々な体験の中で、段々と心の仕組みが見えて来たのである。

それは心の構造体なるモノである。

喜怒哀楽という四辺と愛と恐れという頂点の六つの要素が織り成して

構成される正八面体の心の構造である。誰もがマインドの中に、この

眼に見えない心の構造体が想定されるのだ。

そして、心、魂の中心には内なる虚空より純粋エネルギーが想念と

して与えられている。

そして各個人の人生体験で色付けられたエゴ層、潜在意識の記憶層、

知識層、又、そこに蓄積された過去世を含む膨大な情報を通過して

人其々の内面的意識である〝私”意識が成立し、そして想念、思考、

言葉、行動として現れる。

こうして千差万別の個々人の心が現れるが、元は唯一の虚空の意識

であるタオ、又は宇宙意識、神の意識である・・・

この一なる意識が個々人の内面として顕れているのだ。

こうして一なる意識が心の構造体により、其々の人生体験を踏まえて、

それこそ無限に千差万別の意識、人格へと変化、変貌を遂げて行くので

ある。

そして、人生は人との出会いであるし、人間は人と間と言う字で

出来ている・・・ それは、人は人間関係で切磋琢磨し合いつつ、

その個人にとり、良い人、悪い人と様々な人が周囲に居て、人間と言う

モノ、人生と言うモノを経験する人生舞台が用意されているのだ・・・

そこにおいて、人其々に無限のバリエーションの有る、この世界で

唯一の人生行路を人は一人で歩んでいるのである。

お釈迦様が言われたとされる天上天下唯我独尊とは、この世界に

較べる事の出来ない至上の価値と尊さの有る、一人一人であると

言う事だろう・・・

誰もが、その本質においてキング、又はクイーンなのである。

そこに全ての人は、例え、この相対世界で美醜、老若、貧富の差

が見えても、その生命の尊厳は全き平等なのであると言えるのだ。

其々のユニークな人生行路を経て、今が有る。

さあ、今日もこの〝今”を味わいつつ生きようと思うのだ・・・

執筆 川井俊夫


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