勉強する意味②

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勉強するとはどんなことだと思いますか?
この問いに対する答えが

「手紙屋」蛍雪編 喜多川泰著
~私を受験勉強を変えた十通の手紙~
ディスカバー21出版

の作品の中で手紙屋から主人公の
受験生に届く。

「今までこの地球上に存在した人々が
経験して発見しては次世代へと
伝えてきたすばらしい知識や知恵を
今後はあなた達が受け継ぎ自分のもの
にすること」

考えてみて下さい。
一流のサッカー選手の技術を
身につけるのに一生をかけた
として全ての人が手に入れられると
思いますか?

しかし、勉強をすると数学者が
一生かけて見つけ出した定理を
数分で使いこなすことができるように
なるのです。
それを学校という場所では
国語、算数、理科、社会 etc
という違う分野のものを
学びやすいようにスケジュールし、
それが無償で与えられ、
食事付きなのです。

これがどれだけ理想的な環境であるか
イメージすることは難しいでしょうが
大人になり、年齢を重ねていくと
実感してきます。

あの時がどれだけ素晴らしい時期だった
かということが。

しかし、あまりにも当たり前すぎて
権利であった学ぶということが
いつの間にか義務という名に
変わっています。

だから、勉強することに何の意味が
あるのかと考えるようになるのです。

つぎのような場面を思い浮かべて
ください。

山道を歩いていると目の前に
道を遮るように大木が
倒れていました。
この大木にはどんな存在価値が
あると思いますか?

全く無意味に思えることに
存在価値を見出すことが
勉強することに価値を見出す
ことと似ていると思います。

勉強というものが試練と考える
現代の私達ではなおさらです。
大木のように自分の自由を邪魔する
ものとなっているのです。

しかし、その大木を見て
燃料に使おうと考える人がいます。

その木の一部を切り取って
アクセサリーを作る人もいます。

その木をそのまま川を渡る
橋にしようとする人もいます。

しかし、通るのに邪魔だなと思う人
はその木を避けて通るだけです。

「勉強の意味」
何のために
どのようにして
なにを作るのか
を創造することで変わってきます。

勉強は自らの才能を知る鍵でもあります。
それはこの意味を自らの中に探すことで
見つかるものです。

可能であれば多くの人達が
自らの学ぶ意味を見つけ
勉強と向き合って欲しいものです。

執筆 小川俊次


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