勉強をする意味①

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私は勉強を教える人間として
いつも学ぶ側の生徒に
問い続けていることがある。

それは「勉強の意味」。

ある意味、勉強は一つの道具に
過ぎない。
社会に出ると勉強は何の役にも
立たないという大人もいる。
それはある一面、正解ではあるが、
本質を捉えてはいない。
その人が何のために使うのか
理解せずに学んでいるからだ。

次のような例で説明したい。
例えば「ナイフ」。山歩きをしていて
迷ったり、無人島で取り残されてとしても
これが一本あれば、生きるすべを
色々と思い浮かべることができる。

最近では「コンピュータ」という
便利な道具がある。
これ一台で自分の部屋から世界中の
人々と繋がることもでき、巨万の富を
得るこも可能だ。

しかし、「ナイフ」は使い方次第で
人を傷つけることもできるし、
「コンピュータ」は世界中の人達に
一瞬で悪影響を及ぼすことができる。

みなさんもある程度は勉強という
道具の便利さについては知っている
でしょう。

しかし、勉強の危険性については
どれだけ認識されているでしょうか?

・勉強ができるようになり
成績の優劣だけで人の価値を
判断するようになる

・勉強で手に入れた知識で満足し
他のこと、例えば他人の気持ちに
関心を示さなくなったりする

・勉強に没頭するがあまり、
周りの人との大切な時間を
ないがしろにする

・自国の歴史や文化を勉強したことで
他国を憎んだり、差別したりする

・勉強した知識で多くの人に被害を
与えるような物を作り出したりする

ノーベル賞を受賞したフーバー博士
のように多くの人を殺害する目的で
毒ガスを発明した人もいる。

何のために、勉強という道具を
使おうとしているのかがあなたに
とって大切なのです

では勉強を一つの道具と考えるならば
何をするための道具でしょうか?
次の文章を読む前に少し時間を
取って考えてみください。

何かもやもやとしながらも
おおまかな答えが出せると思います。

このはっきりとしない感覚は
私自身もこの答えを出した時
感じたことです。

これは数学で言えば1+1=2
というような正解が出せない
ためです。

「電気とは何のためにありますか?」
という質問と似たようなものだと
であるからだ。

明かりをつけるため
冷蔵庫で食品を冷やすため
ドライヤーを使うため

私は丸坊主でドライヤーを
使わないから電気はいりません
とは言わないだろう。

電気は世の中の生活を便利に
するためにあるということは
言えますが一つの目的だけに
存在するものではありません。

勉強も同じようなものなのです。
勉強は受験に必要な道具と言えますが
全ての人がその目的のために勉強を
するのではありません。

人によって目的、手に入れたい物が
違うからです。

しかし、勉強という道具で手に入る物を
上げていくとある一つの共通点を
見つけることもできます。

まず、勉強を続けることで問題という
壁を越えてゆく、忍耐力を手に入れる
ことができますね。

次には自信です。問題を解けると
自信が出来てきます。
その他にも記憶力、判断力、応用力が
鍛えられます。
また、人からものを習うことで
「素直な心」を学ぶこともできます。

そして、大切なことは色々な人の
気持ちがわかるようになることです。

勉強して壁を乗り越えていくうちに、
努力して結果を出した人の気持ちが
わかるようになるのです。
何もせず人を批評をすることが
無くなるのです。

このように勉強で手に入る物は
無限にあります。

つまり、勉強で手に入れようと
する物がたくさんあればたくさん
手に入るし、手に入れようとする
物が受験だけであればそれだけしか
手に入らないのです。

では、次回では引き続き
「勉強の意味」について
考えていきたいと思います。

執筆 小川俊次


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