心のオセロ・ゲームをどう乗り越えるか?!

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人は生まれた赤子の時期を過ごし、バスに乗って来た赤子を

見れば、誰もがニコニコとした気持ちに成るだろう。

それには未だ心が汚されていず、天使の微笑みをしているから

ではないだろうか?!それを大人は本能的に知っているからこそ、

ニコニコとした気持ちに成るし、そこにオーラの光を見る者も居る

だろう。

さて、小学生、中学生、高校生と、さらに大学生、又、就職を

経て社会人と成る。その中で、人生の厳しさに直面する事だろう。

様々な成功や失敗、又、挫折や病気体験、まさに人生はスゴロク・

ゲームのように、人間関係の齟齬や軋轢も有る・・・

そこで人生の仕組みに気付く者も在るだろう。人生は様々な感情で

淵取られていると、それは喜怒哀楽と愛と恐れの局面なのである。

幼子の頃は純なエネルギーであるが、丁度、オセロ・ゲームの

ような仕組みによって、様々な色合いに染まって行くのである。

そして、人は肉体の必要上、エゴ意識も持っているのだ。

それが、人生の様々な試練に出会う中で、そのエゴ層を厚くして行く

人と、それを薄くして行く人とに分かれるのだ。

それが傾向性として、天界人、普通人、魔界人と言えるだろう。

もちろん、これは目安に過ぎないが。犯罪を犯す人には目に見えない

世界からの干渉が有るのである・・・

これは、心のオセロ・ゲームに負けた事を意味している。自らの境遇

に自らの心を見詰めず、人のせい社会のせいにしてしまうのだ。

依存では無く、自立した意識の確立こそ心のオセロ・ゲームを超える

道だろう。自立して自律した生き方を現す事である。

又、天与の自由が与えられている事に気付く事である・・・

その中で、人は目覚めるだろう。この地球にその母なる大地に、

そして太陽に照らされつつ、あらゆる生命体を育む生命エネルギーを

与え、天空には星々が見守っている事を、そして父母から生まれた

ならば、その又、父母、祖父母のさらなる連なりに、連綿と続いて来た

人類のDNAが与えられている事を、こうして全ての舞台設定が用意されて

の〝今”で在る事を・・・

様々な浮き沈みや四苦八苦は在れど、お釈迦様やイエス様と言う卓越した

リーダーの残された真理も在るのだ。そして、その縁に触れて、その真理

を自らの深奥に求めつつ、真理と一体化した人生を歩みうると思うのだ。

全ての恩恵に感謝します・・・そして、私の人生で出会った全ての

ネガティブに見える出会いも、其々の人に其々の理由が有ったと知ります。

私も誰かにネガティブな出会いをした事でしょう。互いに迷惑を掛けあって

いる。それが現象界と言うモノでしょう。

けれども、真理の光によって心の重荷(ネガティブなコンプレックスや

トラウマ)さえも溶かす事が出来るでしょう。

嵐が来ても、雨に降られた旅人は、さがて雲間に太陽を見る。

そして、その太陽から照らされる光と同じような光が、何時しか自らの

魂内に輝いている光である事を知るでしょう。誰もが本来の意味で、

地上の星で在ったと知るでしょう。その生命は尊いものなんです。

写真&執筆 川井俊夫


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