自己肯定感

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最近、自分にとって、

いい気分だった日、

について考察した結果、

自己肯定が、心の底から出来た日、

であった事に思い至った。

それと共に、いかに、自分が普段、

自己を否定的に捉えているのか理解した。

そして、基本が否定的だから、

ちょっと人に言われた事でも、

とても気にしてしまったりして来た。

イコール、自分の中に、ブロックを

作ってしまって来ていたと知った。

例えば、子供の頃に、

自分では大好きなものだったのに、

「うわー、変なの!」

とか言われたりして、

それが、ちょっとした、

からかいだったのに、

真に受けてしまい、

自分が良いと思うものは内緒にしよう、とか。

音楽の時間に、大きな声で歌ったら、

「スゲーでけー声だなあ(笑)」

と、好きな男の子に笑われたりした、

そんな些細な事で、

もう、人前では歌わない、とか。

何だか、笑って返せば、

楽しくやれたような事が、

ちっとも笑えず、

悲しくなってしまっていたのは、

根底に、皆んなが自分を否定している、

の、ようなものが潜んでいたんだなと、

分かってしまった。

こういうものが潜んでいると、

真っ直ぐに人からの想いを受け取れない。

そして、周りに溢れる愛を、

敏感には感じられないのだ。

息子と先日、田舎道を自転車に乗せて

走っていると、

ちょっと前まで工事していた場所に

差し掛かった。

そこは、工事の前まで、

雨の後など、酷い水溜りが出来る様な、

相当ガタついた道だった。

それが、スッカリ滑らかになり、

自転車で、快適に走れるようになっていた。

「カッカ、工事の人達、優しいね、
道、なおしてくれた。」

と、息子に、こんな事を言われて、

ビックリした。

そんな風に思った事なんて、

一度も無かった。

でも、確かにそうだ。

誰かがやってくれた事で、

こうして普通に暮らしているのだ。

息子は、自己肯定感満載で、

沢山の愛を感じ、沢山の感謝を、

色んなものにしている。

息子は、少し、色覚に異常があり、

緑と茶色などの色が、

光の具合で分からない。

これは、私の父方からの遺伝だ。

その事を、この先、何かの機会で、

心無い事を言われる日もあるかもしれない。

でも、自分の事を、ちゃんと、

ずっと肯定していられたら、

きっと、大丈夫、うまくやれる。

キズつく日もあるかもしれないけれど、

笑い飛ばせる強さを持てる、

と信じている。

親がしてやれる事なんて、

本当は、本当に少ない。

人格の基礎となる、

自己肯定感という、安心感を、

壊れないよう、壊さないように、

寄り添うだけなのだ。

だって、それさえあれば、

生きる力が湧いて来るのだから。

絵&執筆 島貫めぐみ


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