水は鏡。命。愛そのもの。

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酸素に加えわたしたちが生きるのに必要不可欠なもののひとつ
水。

この地球上の水は、空と海と陸を行ったり来たりして
循環しています。

この循環する水も植物たち(森)があることで
バランスが取れていました。
森がなくなると
土砂崩れや、洪水、水不足が起きやすくなり、水がろ過されず汚れたまま
川に流れる、土地が荒れて生きものたちが生きにくくなる、、、、、と
わたしたちも含めすべての生態系が崩れていくのです。
それでもひとは森を伐採し続けています。

水は鏡です。

水が汚れればわたしたちも汚れます。
わたしたちが汚れれば水もまた汚れていくのです。

水は鏡に映る相手に合わせ、その相手によって形を変え、
相手の性質を受け入れ吸収するというすぐれた性質を持っています。

水は鏡であり、命。
わたしたちは水がないと生きていけない。
酸素がなくても、植物たちがいなくても生けていけない。
それだけでもたくさんの恩恵によって
生かされていることがわかる。

もう10年くらい前になりますがわたしのブログ記事に頂いたコメントです。
「水が水でいられるのは零度から100度の間であって
これは宇宙レベルでいうと非常に狭い領域で
その水がとてもみずみずしい水として存在するこの世界に
生きてるってことはやはり奇跡的なのでしょう。」

この世界は奇跡だけでできている。
奇跡以外のものはない。

わたしたちが生きていくうえでの恩恵もすべて奇跡。
奇跡は愛そのものだ。

そう思えさえすれば奇跡の毎日をどれだけ愛おしみ感謝し
大切に丁寧に過ごせるだろう。

さらに。
46億年前に地球が誕生してから今まで
地球全体の水の量はほとんど変わっていないという。
(地球の誕生のはじめから水が存在したわけではないが。)
減っても増えてもいない。

地域によっては、先にも書いたように
洪水や深刻な水不足、海面上昇など
あたかも水が増減しているかのようだがそうではない。
循環によるバランスが崩れているのだ。

今、わたしたちの毎日に欠かすことのできない水は
太古の昔に誕生した水が循環を繰り返しているだけ。
その水を汚すということがどれだけのことなのか
ひとはこれから自ずと知ることになるのだろう。

そして。
地球の水が増えもせず減りもせず
永遠に循環を繰り返しているということは?

人間の体はほとんどが水でできている。
体内の水分量は、成人は約60%、胎児ではなんと約90%。

ということは
わたしの体内に今ある約60%の水は
今この記事を読んでいただいている皆さんの
ご先祖さまの体内にあった水かもしれない。
皆さん自身にあった水かもしれない。

世界中で敵対し合っている民族同士の体内の水は
どこかでいつかしら混じり合っているのだ。
いくら表面的に違うといっても、宗教が違うといっても
皆んな皆んな間違いなく繋がっているのだ。
もちろん繋がっているのは人だけに限らない。
血の繋がりよりも
水の繋がりの方が濃く広く果てしなくすべてを網羅し
すべては愛でできている。と感じることを
たやすくするのではないか。

写真&執筆 村上志乃


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