花と同じわたしたちもまた美しく、完璧で自由である。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+

チョコレートコスモス

花を見て感じること。
美しさ純粋さ強さひたむきさかわいらしさ、、、、
あげていけば心地のよいことばかり。
花に嫌な感じを受けることはほとんど皆無
と言ってもよいのではないでしょうか。
わたしたちは意識的にも無意識的にも
花に癒され元気をもらっています。
そこに特別な理由はなく存在そのものが美しいから。
なぜ、こんなにも美しいのか。
花や植物たちはすべてのタイミングが
完璧であることを知っています。
どんな時もリラックスしていて
雨の日も風の日も雪が降っても悠然と
その場所でいまここを楽しんでいます。
また、植物たちはこの世界で唯一
消費することなく生産活動をし続け
他のすべての生物が生きていくための基盤をつくっています。
さらに
植物のあらゆる活動の究極の目的は、「個体のではなく、全体の最大の快」
である。という研究結果が出ているのですから
まさに植物たちは宇宙の法則そのもの。愛そのもの。
だから、美しいのです。

*下線部分は現代語訳『般若心経』のなかで
『植物の精神生活』グスタフ・フェヒナーの結論として
著者の玄侑宗久さんによって紹介されています。P172-173本文のまま掲載。

この、存在するだけで美しい植物たちと20年以上
毎日毎日一緒に生きることでたくさんのことを学びました。
本当にたくさんのことを。
その学びは今のわたしを創り、同時にわたしを無くしました。
わたしを無くす。というのは
花をいけているのはわたしではない。という感覚です。
この感覚は20代から掲げている座右の銘
禅語「行雲流水」にとても近い。
行き交う雲のように、流れる水のように
とどまることなく自然に導かれていく。
無心に導かれていくことでわたしはわたしを
軽々と超えていきます。
それでも雲は雲、水は水であり続けるように
わたしはわたしでありながら宇宙の法則に沿って生きる。
この学びはどれだけわたしを軽くしたか、はかりしれません。
「天使が飛べるのは彼らの心が軽いから」とは
ある映画の中でのセリフです。

植物たちの利他的精神に満ちる生き方は
これからの新しい世界に必要不可欠であり
わたしたちも確かに持っている植物的本能に導かれ
ひとりひとりが 自分を生きることで
世界は瞬く愛に満ちるのです。
そして永遠に。

植物的本能に導かれるって?????
よくわからない、、、
となっても大丈夫です。
全く問題はありません。
花は美しい。
と一度でも感じたことがあれば
誰でも植物的本能を持っています。
自分以外のものに感じる感情やおもい、状態はすべて
自分の内にすでにあるものです。
無いものをひとは感じることができません。
花に感じるおもいは自分そのものです。

花と同じわたしたちもまた存在するだけで美しく、完璧で自由であることに
例外はないのです。

今こそ。
美しい愛の花を咲かせるべく自分の内なる種を
一緒に育てていきませんか?

写真&執筆 村上志乃


Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする