みんなすでに愛している!

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いったいどれだけの時間
(ノンデュアリティーでは時間も空間も何もかもがないのだけれど、、、。
在るのは空だけ。空を在ると言っていいのか。そしてそれは愛そのもの。)
なのかさっぱりわからないけれど
次次と開かれて拓かれていくわたしのなかの
目には見えないけれど触って確認もできないけれど
そこに在る永遠に変わらない唯一無二の真理。
これこそがサムシング・ラブ

先日 舞台の花をいけさせていただいた講演会
「ノンデュアリティーの夜明け」でまたひとつ気づきがあった。

今までずーーーっとずっとわたしは勘違いをしていたのだ。
なんだなんだ、そうなんだ!
みんなみんな誰もが自分のことがダイスキなんだ!

自分のことがスキになれずにみんな苦しんでいるのだと思っていた。
だからこそ。花や植物たちを通して
わたしたちも花と同じ美しく完璧なのだよー!と発信し続けてきた。
それを完全に理解することでそのままの自分を愛せるようになる!
蕾のまま花が咲かなくても、花びらが1枚足りなくても、
季節外れに花が咲いたとしても、それがベストなタイミングで完璧なのだから。
そんな花を美しいと感じることで
自分自身を振り返り向き合うきっかけになればいいと。

ところが、みんなちゃんと自分のことを愛しているんだね。
それぞれの愛し方で。
だったらアプローチの仕方ががらりと変わる。
自分がダイスキなこと、もうカミングアウトしてしまおう。
スキじゃないふりはもうやめよう。それでいいんだもの。
それからすべてがはじまるのだもの。

自分自身をスキでないひとが他のひとをスキになれるか。
世界を愛せるか。
まずはいちばん近いいつもいつも一緒にいる決して離れることのない自分を
愛することから愛ははじまる。

もしそれでもやっぱり今の自分をスキになれない。
と感じてしまうのであればそれはきっと何か、
そう感じることで守っているものがあるのだろう。自分以外の何か。
記憶や感情、経験やエゴ、社会や風習や周りの目や評価や、、、、色色。

そう、色だ。
すべては移り変わり変化していくものにふりまわされている。
実際わたしも色に日々ふりまわされ生きている。
今はふりまわされている自分を客観視できているから
少しは楽になったけれど
この二元の世界に生きる以上、色と空はセットなのだから仕方がない。

もちろんノンデュアリティーでいえば自分さえもないのだけれど
色にふりまわされずに自分と向き合いどんな自分でも愛すること。
そこをクリアすることで空に近づいていくのだと。
空そのものになるのだと。

こうして少しずつ少しずーつ、ね。

写真&執筆 村上志乃


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