学びのパンドラの箱

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私達はどういう思いから学ぼうと
しているのだろう。

よくよくその根っこを探っていくと
「恐れ」にたどり着くことがある。

「知識が足りない」

「試験に合格しなきゃいけない」

「知らないと恥ずかしい」

「自分は知識が足りない」

人の目を恐れてばかりだ。

根本に恐れがある人は
学ぶことは無いだろう。
恐れが学びのきっかけだからだ。

そこで私は質問したい

「その恐れを取り除いても
学びたいことは何だろう?」
まずはそれを、あなた自身に
問いかけて欲しい。

それを探し出すことで
本当に勉強したいことが
見つかるのではないだろうか?
一度、原点に立ち戻って
勉強していることを見直して
欲しい。

ギリシャ神話のパンドラの箱と
いうものをご存知だろうか?

神ゼウスから絶対に開けては
ならないと命令された箱を我慢が
できずパンドラは開けてしまう。
その中には怒り、妬み、嫉妬
悲しみ等、現代の私達を苦しめる
感情が入っていた。
それが解き放たれたことで
人間が苦しむことになった
というもの。
その話には続きがあり
パンドラが箱の底を覗くと
そこには「希望」が
残っていたという話。

きっと「学びのパンドラの箱」
を開けるとそこには

「親からやれと言われるから」

「将来不安だから」

「良い学校に入らなきゃいけないから」

「人に馬鹿にされるから」

「先生や親に怒られるから」

といったネガティブな想いが
出てくるだろう。

しかし、その箱の底にはネガティブな
想いに押しつぶされて箱の一番下に
隠れていた「夢」というものが
残っているはずだ。「やりたいこと」
が残っているはすだ。

今ある恐れを全て書き出し
「もしその恐れの全てが無かった
としたら何をやりたい、何を
学びたい?」
と自分に問いかけて欲しい。

それを叶えるために必要なことが
本当に学びたいことだろう。

この想いと繋がらない学びは
一時的な記憶でしかない。

テストや目の前の課題が
過ぎ去れば、そのままその知識は
押し流されていく。

まずは、恐れを手放した心で
学びたい物を探して欲しい。

見つかるまで何度でも
トライして欲しい

きっと、やりたいことと
繋がるとワクワクする気持ちで
学びがスタートする。

やりたいことと学びが繋がると
自らの意志で学ぶことを始める。

これが本物の勉強だろう。

結局、親や教師は学びが
スタートするまでの
お手伝いをする役目で
そばで見守っている
だけでよい。

「信じて、認めて、ほめる。」

私達に求められることは
そんなに難しいことでは
無い。

ぜひ、あなたにも学びの
パンドラの箱の底にある
「希望」を見つけて欲しい。

執筆 小川俊次


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