心の見つめて来なかった部分

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うちには、大変わんぱく、やんちゃな3歳の男の子がいる。

ひどいと、日に5回着替えが必要な程、
何をしても汚れる。

出掛ける為の準備をしている、
ほんの一瞬、庭で水浸しで遊ぶ。

ご飯の席で、手に付いた納豆のネバネバで遊ぶ。

まだ慣れない立ちションを、
コッソリ一人で、庭の隅で試みて、
濡らす。

庭の外に出ないように作った門を、壊す。

やっとの思いで数度の着替えを挟んだ支度が終わり、
出掛けようとした途端に、
近所の好きなおばあちゃんの姿を見つけて、
猛ダッシュで、追いかけて行ってしまう。

全然出掛けられない、予定通りには。

と、まあ、一部を挙げた訳だが、

他人なら、笑える事なのに、

我が子となると、怒ってばかりいる。

子供を産むまで、
あまり、普段、怒ったりしない方だと思って来た。

それが、毎日、怒っている。

叱るのは必要だと思う。

それが、私は怒っているのだ。

考えた。どうしてかなと?

行き着いた答えは、
思い通りにしようとしている、
という事。

ちょっと、認めたくない感じだった。

子供を、自分の思い通りにしようとしている、なんて、
なんて偉そうで有害な親だろうか!!

でも、そうなんだと思った。

子供を産む以前、働いている場や、

何か社会的な、私という人間の顔では、

比較的、皆んなが忙しくイライラしている時こそ、

笑って過ごそう、

のような心掛けがあり、

そうして過ごして、怒らないでいられた。

では、何故、今、出来ない?!

子供と過ごしている時の自分の顔って、

一体、誰なんだろう?と考えた。

暴露されて来なかった、

私の、成長が未発達な、内面性。

子供の頃から引きずっている、

ずっと、止まったままな感情。

見たくないから、封印していたような、

頼りない、もう一人の自分、

のような気がした。

猛烈に反省する事となった。

自分を頼りに産まれてくれた存在に
対して、

なんて頼りのない事だろうかと。

ここから、気付いた時からが変わり目。

どこに向かえば良いか、少し見えた。

そう、景色が少し晴れた時、

心に愛と感謝が溢れた。

今まで届かなかった、

沢山の、ギフトに、沢山の、
みんなの優しさに気付いた。

きっと、自分は変わっていけるから、

見ていてね、と、子供に誓った。

見てーー、って、いつも子供が言う。

私も変わらないな、と苦笑した。

絵&執筆 島貫めぐみ


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