そのまえに純粋であること。

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今まであまり意識していなかったけれど子どもがダイスキ。
それもあってか最近は子どもたちに触れることも多い。

花遊び生徒さんやmoonStruckスタッフのおなかにいる時から
(おなかにいる前から?)知っている子どもたちが
今すくすくと育ってきている。
同じ時期に20名以上!の生徒さんがご懐妊されたり
産まれたりとLOVEベイビーラッシュの時もあったくらい。

ありがたいことに命名書を書かせていただいたこともある。
あの鶴と亀の紙ではなく、オリジナルで仕上げた。
書も習ったことはないけれど筆で文字を書くのが小さいころから
スキだったように思う。
味がある。とよく言われるわたしの字は
上手い下手てはない規格外ということ。

今週は3人のママたちがそれぞれ別な日に
1歳から3歳の天使たちをアトリエに連れてきた。

子どもたちに触れている時は
きっと花に触れている時と同じような感じ。愛しかない。

その子どもたちはみんな花がダイスキだという。
それはそうだよねー。
お母さんが花遊びを楽しんでいる時期に生を授かり
おなかの中にいる時は一緒に花遊びしていたのですもの。

それから月もダイスキだという。
今週の月はことさら美しくわたしも毎夜うっりと眺めていた。
1歳半のにーちゃんが「んっ、んっ!」といって指をさし
バルコニーから月を一緒に見よう。と誘ってくる。何回も。
その矢先、生徒さんからラインが入り
「うちのりっくんは月がダイスキで月を見ると、月が出てるよ!
といつも教えてくれるんですー!」ってーーーーー。
もううれしくてうれしくてmoonStruck children と呼んでいる。

moonStruckを立ち上げたのは新月の日。
目には見えないけれどそこに確かに存在しているものを感じて
大切にしていこう。と。

今は目には見えないものにこそ真理がある。と感じて生きている。
子どもたちと接していると
その眼には見えないものと繋がっているなかで愛に満ちて
いまここを生きているなあと。花と本当に同じ。愛そのもの。

その愛そのもののもうすぐ3歳になるみーちゃんが
(みーちゃんの名前には月の文字が入っている)
わたしがつくったスパゲッティとスープをたいらげ
デザートは?と聞いてきた。
お昼ごはんの前に10時のおやつでドーナツを出したのもあり
油断していたわたしはデザートはないよー。と答えるしかなかったけど
みーちゃんはおうちではいつもデザートを食べているから
デザート食べたい!デザートないの?デサートー!!と連呼。
おかあさんはとほほほ、となっていたけれど
わたしは全然平気で、その言葉をそのまんま聞いただけだから
デザート用意していたらよかったなーとは思ったけど
それ以外ののことは何も感じなかった。
だってそこには愛しかないのだから。

これが大人同士になるとややこしくなってくるのはなぜだろう。
そのままの言葉ではなく
その背景にあるであろう思いや概念を感じてしまう。
自分が言葉を発するときも無意識に
その言葉以外の何かがくっついている。

花や子どもたちの前だと自分も純粋で素直にいられるのに。
そしてそんな自分がスキなのに。

風花流水の記事でも書いたけれど
「出来事の解釈は無限大に自由で
言葉が通じ合い、おもいを共有するのは奇跡」
だからこそ
その解釈する前の段階でまずは自分自身が純粋であることを
心がけることが大切なんだ。

なんだなんだ簡単なことだ。
どんな時も
花や子どもたちと接する時の自分でいたらいいのですね。

その簡単なことがなかなかできないのが
人間なんですけどねー。
でも。やろう!と思っただけでまちがいなく
そこに向かって進んでいるのですから
やれることを
やりたいことを
ひとつひとつ愛をこめて。
そして純粋であること。

写真&執筆 村上志乃


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