心のファインダー越しに見える世界

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今、参議院で安保法案の採決が行われようとしています。

今回のトピックは、この安保法案を巡る動きが、国民の一番の関心事
と思い、取り上げる事にしました。又、なぜ、この案件で、賛成、
反対の立場を取るのかを、新しい視点で探ってみたいと考えました。
それを、個人の心のファインダー越しに見える世界が違う世界を
見ている可能性を理解する一助に成れば良いなあと思います。

この安倍総理側の見方と反安保法案の国会前、その他で、デモで
法案に反対している人々、グループと、この二通りの見え方を
取り上げて、心のファインダー越しに見える世界について
述べようと思います。

まず、いずれも日本の平和を守りたいと言う気持ちは同じであると
言えるでしょう。では、なぜ、真逆の見え方になるのでしょうか?!
一つには安倍総理側の「力に対抗するには力しか無い」との見方です。
それが、抑止力として働くと言う概念であり観念です・・・
しかし、それは現時点において、仮説にしか過ぎません。

アメリカの要望を取り入れた安保法案である事が国会の場でも明らか
と成っています。つまり、アメリカの要望に応え、アメリカ的価値観
に従うものです。そうすればアメリカが守ってくれると、言わば、
それが信仰にも似た気持ちなのでしょう。

では一方、反安保法案側に立つ人々、グループはどのような考え方
なのでしょうか?!それは抑止力等では無く、よけいにアメリカの
戦争に巻き込まれると言うものでしょう。

もちろん、ベトナム戦争やイラク戦争など、アメリカが強引に戦争に
持って行った事例もあります。又、歯止めなるものもあいまいなままで、
その具体性が明文化されていません。
つまり時の総理の一存で決まると言えるのではないでしょうか?!
そこに危うさを感じる人達と言えるでしょう。

又、70年も平和国家として歩んで来た日本が、その理念と一体化した
個人のアイデンティティが勝手に変えられてしまうと言う考え方も
あるでしょう。

また、安倍総理の積極的平和主義なるものが、その言葉を作った
平和学の第一人者とされるヨハン・ガルトゥング博士とは全く違う
ものであると言う事です。もともとの積極的平和とは貧困、抑圧、
差別などの構造的暴力の無い状態を言います。
そして、戦争の基に成るこれらの社会的な緊張を解く事を
目的としています。

私は、この考え方を21世紀価値観と呼びたいと思います。
なぜなら、これこそ恒久平和への道と思えるからです。

安倍総理のそれは、全く真逆な訳です。
日本が平和だった70年もの間、アメリカやヨーロッパを含め、
世界のあらゆる所で、戦争は起き続けています。
そして、安倍総理は日本を守るには戦争の出来る普通の国に成るしか
無いと思っているでしょう。

私は、この考え方を20世紀価値観と呼びたいと思います。

この安保法案を巡る二つの勢力を単に○か×かの二元論で見るべきでは
無いと思います。

ある意味、どちらの側にも理が含まれていると言えそうです。
全体として見た時に、答えは出ないと言うのが私の立場です。
互いに矛盾をはらんでいると言えそうです。

さて、集団では無く個人レベルに焦点を当ててみましょう。
この安保法案に対して、是か非かと問えば、賛成、反対、わからないと
成るでしょう。人は自らの価値を置いているものを守ろうとします。

個人レベルで見れば、その人生経験は皆違い、千差万別と成り、
その背景を背負ったモノの見方と成るでしょう。
そして個々人の見ている世界は、全くユニークな世界に一つしか無い、
ファインダー越しに見ている世界でしょう。つまり、あなた個人が
見ている感じられている世界は、この世界であなたしか居ないと
言えるでしょう。

同じ一つの出来事、状況を見ても、それをどのように見て、思わせるか、
その基盤となる人生経験、潜在意識が違うからです。
言いかえれば、一人一人がユニークな世界であり、独特の世界観に立つ
人生を生きていると言う事です。

また、この世界で生きて行くと言う事は、様々な人生の荒波に
さらされる事であり、誰もがその人なりに懸命に生きて来たと言える
でしょう。そのつらさや悲しみも誰もが経験している事でしょう。
何かの出来事から、あの人、間違っていると判断する事は
普通の事でしょう。

けれども、全ての出来事に理由があると思います。
エゴの厚い人、薄い人の違いはあっても、その人なりに成って
来た理由、いわれがあるはずです。そして、多種多様な人格の
人々が生まれ、互いにこの世界で出会っているからです。

そして、固定的な判断である○か×を超えて、両方を等分に
見る見方、統合思考なるモノの見方も有ると思うのです。

皆が同じ考え方に染まる事では無いし、自らが望む本心から
湧き出でる思いの中で日々を歩んで行く事が大事な事かと思います。

一人一人が尊い生命であると見て、また、思いつつ生きたいと
思うのです。

執筆 川井俊夫


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