風花流水。花は水に流されたくて風に舞う。

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水は花に応え花を浮かべたくて流れる。
落花流水という言葉から落ちるという語を風に変えて
風花流水という言葉を創りました。
落ちるより風に舞う方がより気持ちよさそうかなあと。

そもそも落花流水とは
落ちた花が水に従って流れる意で、ゆく春の景色。
転じて、物事の衰えゆくことのたとえ。時がむなしく過ぎ去るたとえ。
別離のたとえ。
また、男女の気持ちが互いに通じ合い
相思相愛の状態にあること。落ちた花びらは流水に浮かびたい。
流水は花びらを浮かべて流れたいという気持ちがある。
すなわち男女が互いに慕い合い、愛し合うこと(=相思相愛)。
ウイキペディアより抜粋。

なんてロマンチックなのでしょう。

でもですね、この記事を書くのに改めてよくよく読んでみたら
(今まで気づかなかった、、、)
別離のたとえ。であり、相思相愛でもある。という
まったく相反する意味を持つこの熟語。
あまりにも意味不明と感じ、さらに調べてみました。

そしたらなんと、中国では
さんざんなめに遭う。こてんこてんに打ちのめされる。
という意味でよく使われているのですって!

「落花有意、流水無情」といった言葉もあり
落花はそのつもりで流水に身を寄せるが
流水はそのつもりもなく落花を運んで行く。
という意味で片思いを表す言葉。
そこから時がむなしく過ぎ去るたとえになったのはうなずけますね。

しかし。
それを「相思相愛」の解釈にしてしまうという
なんとも最強のポジティブシンキング、、、、、。

数年くらい前そんなことも知らずに結婚式のスピーチで
風花流水とは言い換えたものの
自然の流れの中での必然的な結びつきのたとえとして
お話ししたことがありました。
大丈夫だったのでしょうか、、、、。
、、、、、、、大丈夫ですね!

この落花流水は極めてわかりやすい例ですね。
とらえ方ひとつで真逆の意味にもなってしまう。
すべては表裏一体であり、いつでもひっくり返る真理に
さらに深く感じいりました。

だれかの成功は、あなたからみれば成功ではない。
あなたの失敗は、わたしからみれば失敗ではない。
わたしの本気は、みんなからみれば本気ではない。
みんなの幸せは、だれかからみれば幸せではない。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。
言葉ひとつひとつにそれぞれの解釈があり
文章になればなおさらややこしい。

成功ってなんだろう。
失敗ってなんだろう。
本気って?幸せって?

時間の経過で意味が変わることもある。
環境が大きく影響する時もある。
男と女、場所、国、、、、、、、そして気分。

もはや言葉が通じ合い、おもいを共有するのは奇跡なのだ。

落花流水。
結果として花は落ちて水に流れるしかないのだから
水は落ちた花を流すしかないのだから
そこに愛がある方がいいに決まっている。
言葉がない分、解釈は無限大に自由だ。

すべてはいつでもひっくりかえる。
ひとつの言葉や、出来事に固執することなく
自由に都合のよい(ポジティブシンキング)解釈で
愛がある世界を選んでいこう。

写真&執筆 村上志乃


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