蟻とキリギリス

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先日、我が家に、キリギリスがやって来た。

あの有名なお話、「蟻とキリギリス」に出てくる、キリギリスだ。
でも、実物を、初めて見た。

お隣のお婆ちゃんが、息子に、畑で見つけたから、と言って、持ってきてくれた。
「都会では見んかったやろ?」と言って、
「鳴くからな、面白いと思って。」と言って、くれたのだ。

結構、グロテスクな感じで、固くて、丈夫な作りの虫で、
私も息子も、少し恐々しながら、受け取った。

ところで、皆さんはどうか分からないが、
私は、蟻とキリギリスのお話は、とても腑に落ちなくて嫌いだ。

何故、あくせく働く蟻が賢明で、
1日好きな音楽を奏でて楽しくやっているキリギリスが路頭に迷うように描かれているのか?

そういう洗脳をしておけば、
都合の良い人達がいるからだろうと思えてならない、大人になってからは。

先住民族のように、環境にマッチした生き方を壊し、
現在の貨幣経済を、作り、動かしている一握りからしたら、
ひたすらに働く駒が必要だろうから。。。

我が家にやって来た、キリギリス君は、お話に出てくる様子とは、大分違った。
私の思い描いて来た鳴き声とは違う、逞しくも、涼しげな、クールな鳴き声だった。
確かに、昼も、夜も、途切れ途切れだが、鳴いてはいるが。
食欲も旺盛。野菜も、虫も、ジャンジャン食べ、跳躍力も凄く、エネルギッシュ。
脱走した際には、一瞬で、羽虫を捕らえ、食していた。
彼には、野菜の切れ端、もしくは、血を吸われそうになって、
叩いたアブの死骸をあげると、平らげてくれる。

そして、我が家の玄関前には、大規模な蟻の巣がある。
息子が食事の際に、ボロボロこぼすので、予め足元にマットをひいているのだが、
そのマットを、食事の後に、玄関前で、はらう。
そうすると、鳥が食べに来たりしていたが、
いつの間にか、頭の良い蟻が巣を作り、運んで行くようになった。

循環しているのだ、穏やかに。

自然を観察すると、もっと、ハッキリと循環している。
人間の目線で見ると、助け合っているようにも見えるが、ごく当たり前に、そうある。

分断され、取り残されているのは、人間だけのよう。
田舎の、昔ながらの暮らしの人は、まだマシで、
当たり前に分け合い、助け合って暮らしてはいるが。
都会は、どうか?

我すら忘れて働かされる前に、当たり前に成り立っている、人間界の不自然さに、
もっと多くの人がフォーカスし出すと、世界が変わるんではないのかなと、思えてならない。

そして、お金と繋がらなくても、
自分の人生を謳歌する為に、好きな事を止めてはならないはずなのだ。

好きな事を、お金に繋げないといけないように思わされて、
それを嫌いになったり、諦めるように出来ているので、それも踏まえて。

絵&執筆 島貫めぐみ


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