ぼんやりを極め感覚を研ぎ澄ます。

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ぼんやりすることが感覚を研ぎ澄ますことだと感じはじめて数年間
ぼんやりを極めてきました。ぼんやり歴5年くらいでしょうか、、、、。
なかなかいい感じだなあと自分では感じていたのですが
ここにきてぼんやりの逆(瞬発的な言動)が
なかなかできなくてちょっと戸惑っています。
ぼんやりを極めるにはできる限り思考をストップさせること。
無の状態に近いような?どうだろう。
そうすることにより余計なものがどんどん削がれていく。
真に必要なものだけがわたしの中に残る。はず。
これは花に教えられた。気づけばいつもぼんやりと花をいけていた。
ぼんやりしていないと自らがつくった枠や縛りにとらわれてしまい
完全に自由にはいけられない。
自分の範囲内の花しかいけられない。
それは非常に残念なことだ。
思考をストップすることでスペースができ
インスピレーションを得やすくなる。
インスピレーションで花をいける。
そのインスピレーションは自分だけのものではない。
花、花器、場、その場を共有するものたちすべてのインスピレーション。
融合して創られる未知なるエネルギー。
未知なるエネルギーでいける一期一会の花たち。
わたしにとって花をいけるとは
そういうこと。

では今なぜ戸惑っているかというと、、、、。
ぼんやりを極めれば花以外のすべてのことにも効果的なはず!
と思いきや、なかなかどうしてそうはいかず、、、、。
今は特に英語の勉強でそれを感じています。
もともと瞬発力が弱かったのですけれど
ますます弱まっているような、、??

そうか!これはチャンスですね!
弱まっている、と感じたのであれば
強めるように意識すればいいのですね。
前に弱いと感じていた瞬発力と今はすでに違う瞬発力。
それはぼんやりを極めているから。

ぼんやりしながらも瞬発力を高める。
矛盾しているようだけれどきっとできるはず。
どちらも知った上でより気持ちよい方をその時の状況により
選んでいきたい。というのがわたしの人生にとって大切なこと。
こうでなくちゃいけない。という枠をどんどん外していきたいのだ。

インスピレーションには時間差があることもある。
常にスペースを空けつつ限りないインスピレーションを限りなく受け取り
ベストなタイミングで発信していきたい!
問題は、インスピレーションを受け取っても気づかずに流してしまうこと。
とらえきれないのだ。
わたしたちは瞬間瞬間、間違いなく受け取っているのだから
とらえ切るにはきっと信じることにつきるのだろうと思う。

夢と同じね。夢は誰もが毎日見ている。覚えていないだけだ。
眠る前に夢を覚えているように意識することで
覚えている確率が高くなるという。
その前に。まず、毎日夢を見ていることを信じることが大事なのだろう。

そう夢と同じにインスピレーションは絶え間なく
わたしたちに降りそそがれている。
だからいつでも取り出せる。と信じることだ。

ただそこにたどり着くまでに
どれだけの努力が必要かわたしにはまだわからない。
だからわかるまで努力し続けよう。勉強しよう。
ぼんやりしてても英語がスルスルと口から出てくるようになるまで。
88歳くらいまでかかるかもしれないけれどがんばるぞー。
花とはできたんだもの。きっとできる!

最後にわたしのすきな英語のフレーズを。
Nothing comes easy. Easy come,easy go.

写真&執筆 村上志乃


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