嵐の後には

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みなさん、先日の台風は、いかがお過ごしでしたでしょうか?

我が家のある場所は、元から雨量の半端ない地域で、昨年から、
移り住んで暮らしている私達ですら、今年は少しは慣れたものでした。

とはいえ、また、色々、革製品、しまい込んでいた様々なものがカビ、
都会暮らしでは役立っていたけれど、ここの暮らしに馴染まないものを
断捨離する良い機会となりました。

昨年の台風よりは幾分、風はマシ、とにかく長雨という感じ。
それでも、木々に囲まれた、この地域では、倒木の被害を小さくする為に、
予め、伸び過ぎた大木の枝をカットしたりと、準備に大忙し。

私のパワースポットである、千年杉のある神社のある通りの木も、そんな目に。

とても思い入れのある木だったので、切られているところを見た時には、
悲しく、辛い気持ちにもなりました。
そして、この前の台風より前の、雨風全開の時に倒れた大木も、
その側に、山の斜面に沿う形で置かれて有りますが、
こちらも、私にとっては思い入れのある木でした。

だから、長雨の前には、何となくションボリした心地で、この通りを通り、
切られて、バラバラにされ、積まれている立派な枝を見たりしたものでした。

梅雨というのは、何とも唐突に、呆気なく終わるなあと、毎年忘れているので、
また思いながら、長雨で溜まった仕事をこなして、数日後。

あの千年杉のある神社のある通りへ息子と。

枝がカットされた大木は、かなりの大木なので、遠目からも、その姿は確認出来ます。
どう見ても、生き生きと、凛としていました。
傷が癒え、新たな心持ちで、そこに立っていました!!

そして、倒れてしまっていた、私の大好きな木には、何と、新芽がピョコピョコ、
切られて積まれた枝にまで、もうそれは、数え切れないくらいの数の、
新しい命が芽生えていたのです!!

息子と声を上げてしまいました。

無残にも、倒れた細い木や、千切れた枝で、いっぱいの道路。

自然は、強いものは生かす、弱いものは奪う。
だけど、その奪われたように、私達が見ているものから、
新しい命が生まれたり、生き残ったものに、与えたりしているのです。

分かりづらくされてしまっていますが、それは、私達、人間界でも、
更には、一人一人の身体の中でさえ、そうなのだ、
という事を考えさせられる夏の幕開けでした。

絵&執筆 島貫めぐみ


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