心の風景

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昨日のサイト管理者の立松さんとのスカイプでの対話の中から

新たな気持ちで書く事に向き合っています。

それは、書き方の変更をも意味するし、

自らの立ち位置の再確認にも成りました。改めて、立松さんに感謝しています。

さて、ここで告白ですが、私は自らの書く内容に付いて、

今迄も書いて来たものですが・・・ 理想と現実のギャップを感じております。

自らの健康問題を抱えて、未だに霧の中で在ると・・・

それは、かつてノイローゼ、精神科ではありましたが、

そこを抜け出して、今は、精神しょうがい者と言うレッテルは自らに貼ってはおりません・・・

そして、長らく精神科医療の矛盾や欺瞞を見て来ました。

それを告発している活動は「精神科医は今日もやりたい放題」の著者の内海聡さんが居ます。

賛否両論有るようですが・・・ けれども、精神科医療の根本的な否定は、

意義の有る事と考えます。

私が見聞きした範囲では、患者さんは皆、善良な人達が多いのです・・・

主に、人間関係の中で、困難に遭遇し、その繊細さや感じ易さが、

そして自らの頭を使って、解けない難問の中をグルグルと廻っているのが

精神科領域に居る人達ではな いかと感じています・・・

この件に関しては、又、項を改めて書くと思います。

さて、そこで、私は真理を求めて、自己探求の道に入った訳ですが、

多くの道を求める人達も同様かと思いますが、さながら、

成功本やスピリチュアル本のコレクションと化した本棚と成るようです。

ここで思う事は、いかに、自らの人生を自らの手の中に取り戻すかと言う事です・・・

今の自らを振り返って見ると、私の書いて来たものは、

お風呂屋さんの書割、富士山ではないかと、言葉だけではないかと・・・

誰でも身の廻 りの出来事、状況、その現実の中で、課題は現れます・・・

私の書いて来た内容にタイトルは付けていませんでしたが、そのタイトルを

考えてみると、宇宙普遍の法と人間と成るでしょうか?!

解り易く言えば、人生を背後で支えている仕組みの事です。

私はどうも、その宇宙の法を知りたくて、その構造をずっと探求して来たようです。

ですから、自分自身を読者にして、テーマを決めて、自然と浮かび来る言葉を、

なるべく頭を使わずに、そのまま文章にすると言うスタイルを取って来ました。

そこに、読者を想定して、頭を使って書くと言う事にして来ませんでした 。

立松さんとの会話の中で、

「何の目的で書くのか?!又、それを読者を想定して、いかに解り易く書くのか?!」

との言葉をいただいて考える所が有りました・・・

又、「川井さんは体では無いですよ・・・ 意識なんです」とも、

そして、「意識は巨大なパワーを持っている」とも、そう言われましたが・・・

自らの現実の有り様は、

自らのセルフ・イメージ、又、日々どんな想念、思考、行動か?!

そこに意識のパワーを良くも悪くも使っていると、私もそう思います。

今、こうして書いていると、病気の事も忘れていますし、

その意識を使って、又、リアルな現実を、日々創造して行く、

創造者としての日々を書いて行きたいと思いますし、

それは、自由をもたらしたいとの熱望が、

自らの中にフツフツとたぎっていると感じております。

執筆 川井俊夫


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