おもうのはいつもと同じひとつだけ。その2

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いつもいつもおもうのはひとつだけ、いつもと同じこと。
そのおもいを叶えるためにわたしはいまここにいる。
いつからかそうおもうようになった。
理由はわからない。
そうなるに違いないとただ純粋に信じている。

ここに来て、このおもいが自分自身になるくらいに
(今はわたしの一部)、おもいとわたしが統合されることが、
おもいが叶う近道になる!ということを感じ始めています。
なにがなんでも、とそのおもいに執着するのでは決してなく
忘れてしまうくらいにリラックスして。
でも、いつでも思い出せるくらいそのおもいは強く深く美しく。

、、、、、これもまた、花をいけることと同じでですね。

「流れ星が流れるあいだに願い事を3回唱えると願いが叶う」
という言い伝えがあります。
流れ星は、あっ。という間に流れてしまうから3回なんて
絶対に言えない、、、、これは
3回唱えることが大事なのではなく
予期しない一瞬にでさえも願い事がとっさに言えるように
ココロの準備をしていなさい。ということなのかなあ、
と解釈しています。

銀色夏生の小説「カイルの森」お気に入りの一節。

「それよりももっといい、願いを叶える方法をひとつ、教えてあげようか」
「うんうん」みんなが寄ってきた。
「強く願ったあと、その願いを忘れるんだ」
「忘れる?忘れちゃうの?そんなことできる?」
「そうするんだよ」
「忘れることなんてできないよ」
「忘れることができたら、いつのまにか叶ってたりするんだ」
「ふうん。信じられないけど、ホントだったら不思議だねえ」
「やってみてごらん」
「うんうん。やってみる」
「不思議なんだよ、いろんなことが」

なんとも愛らしいやりとりですね。

不思議といえば、この世界は本当に不思議なことばかり。
不思議じゃないことなんてきっとないのだとおもう。
わたしたちが生きていること、それ自体が不思議なのだから。

わたしたちは60兆の細胞でできていて
そのひとつが偶然に生まれる確率は、1億円の宝くじに
100万回続けて当選するくらいの奇跡なのだという。
そしてその細胞のひとつひとつは自分の仕事を全うし
決して他の細胞と喧嘩をしない。
美しいミクロの世界。
美しいは愛。

奇跡の世界に生きるわたしたちが奇跡そのものなのだから
(ここでいうわたしたちとは生きとし生けるもの。
波動エネルギーを持っているものすべて。)
おもいの方向性が愛と光に向かっていれば、いや、
愛と光そのものであれば、叶わないおもいなどないのではないか。
と感じた、やわらかな春の光が降り注ぐゆるやかな昼下がり。

花たちもくつろいでいて気持ちよさそう。

写真&執筆 村上志乃


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