植物たちがまとう「間」こそが新しい毎日への扉。

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植物たちがまとっている「間」について
もう少しわたしなりの言葉で書いてみます。

花をいけるのには「間」がとても大切。
「間」はあらゆるところにある。
花と花、花と茎、茎と葉っぱ、花と水、花と器、器と水、
花と場所、場所とおもい、、、、、、その中でも最も重要な「間」は
花と自分(いけて)の間だと感じています。
近づきすぎても、遠すぎても、意識しすぎても、意識しなさすぎても、
自分が自分がと出すぎても、自分のおもいがまるでなくても、、、、
とにかくなんとも絶妙な距離感(間)が大切なのです。

これは、すべてに通じることなのではないでしょうか。
友だちや恋人、家族、クライアント、、、すべての人間関係。
はたまた、仕事への取り組み方、アートに限らず日常においての
創作活動、健康管理、、、、生きること全般において
「間」は必要不可欠。

その対象との「間」は、対象にココロを寄せ
美しさを見い出すところから生まれる。
その見い出した美しさは、自分のなかにもある!ということに気づき
美しさを見い出すことで、美しいものは永遠に美しくあるという
真理にたどりつく。

果たして、日本文化(能、茶道、書道、、、)には
「間」の要素が欠かすことができないのだから
日本人であるわたしたちにはDNAレベルで
「間」が沁み込んでいるに違いない。

マヌケ(間抜け)の語源は間が抜けていることからきているくらいだ。
「間」がないのはいかにも無粋なのだ。

、、、、、、、
と、ここまで書いてきたものの「「間」とは一体何なのか、、、、
これ!っていうものでは決して例えられず、
まして言葉で表しきれるものでもなく、、、。
その時々で、その人によって、感じる「間」は違うのだろうから。
そうだとしても。わたしはこの「間」というものに、はるか昔
きっと記憶している以前のもっと前から何かしら言いようのない
尊いおもいを寄せている。

なぜだかわからないのだけれど、伝えたい。間の大切さ、必要性を。
それは植物たちと日常を共にしていることで
植物たちのまとっている「間」を
いつもいつも感じているからでしょうか。

この「間」が世界中でシンクロする時
わたしが信じている新しい世界 への扉が開かれるのだと。
それはまるで、魔法のような。

演奏会で時に起きる
指揮者も、オーケストラも聴衆もすべてがひとつになる魔法。
音楽という目には見えることのできない、手にも触れることのできない、
美しいものにいざなわれ、委ね、共鳴し合う。

その美しいものこそが「間」。
美しいものたちの扉をノックしよう。
ノックしなければ扉は開かれない。
ノックしよう、扉を開こう。

写真&執筆 村上志乃


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