穏やかな心でいるために

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人間関係・・・
何処に行っても必ず付きまとう問題。

時に、人生の学びは人間関係に集約されるのかと思うほど
人間関係如何で、ものごとが上手く進んだり進まなかったりすることもあります。
ですから、出来ることなら良好な人間関係の中で
生活を送りたいものですよね。

とても気が合う人、合わない人
自分は特に意識していないのに、何だか嫌われているようだったり・・・。

そして関係とまでいかなくても、同じ電車に乗り合わせたり
道ですれ違ったり
一時の関わりでも摩擦が起きたりします。

喜怒哀楽の感情を楽しむのも人間として生きている
醍醐味かもしれませんが、なるべくなら穏やかな心持ちで
一日を過ごしたいものですよね。

小さな不快感が積み重なれば大きなストレスの元になりますから。

ゆるマクロビを実践していますと、自然に穏やかな心でいられます。
やはり食はとても大切で、よく言われますが、化学添加物の含まれた
食品や緑黄色野菜の不足は、いらいらを招きます。
なるべくなら、バランスの取れた食事でご自身をいたわってあげて欲しいです。
(また食については改めてお伝えしますね。)

私は、基本的にあまり感情的にならないのですが、
感情コントロールの方法は、

①まず、受け止めて考える。そうなった原因を考える。
②相手の立場になって考える。
③自分を客観的なところから眺める。(自分の斜め上・屋上・上空から・宇宙から
という様なイメージで、その時の状況に合わせて)
④目の前に現れた人は、神様がお遣わしになった方。
何か自分自身の課題であったり、成長の為に必要なこと。
とすると、この事象はどの様な学びなのか。
⑤それでも上手く感情のコントロールが出来ない時は、
神様にお願いして心のお掃除を助けていただく。

先日、些細ではありますが、以前とは変化した自分を見つける出来事が
ありました。

車で表の道に出ようとしたところ、信号は青でした。
いつもすんなり通過できる道なのに
足の少し不自由と思われる老人が丁度、道に出て来られました。
心のゆとりがある時ならゆったり待てたでしょうに
『あ~あ、人が来ちゃった。折角信号が青なのに。』
などと思ってしまったのです。
その心が分かったのか、その老人にもの凄い目つきで睨まれてしまいました。
以前の私なら、そのことに不快感を抱き、暫くはその感情を引きずっていたでしょう。

けれどこの時、④で考えました。
この方を神様がお遣わしになった意味は?

答えは「いついかなる時も、人に優しく寛容であれ。」
確かに、傲慢で、自分主体の考えでした。
そう気づいたらそのご老人に、『不快な思いをさせてしまってご免なさい』と思いました。

そして、すっと気持ちが晴れました。
まだまだ修行が足りませんね。

自分が寛容になれれば 殆どのことは気にならないし、
問題については客観的に冷静に解決方法を見つけやすくなります。

どうしても、合わないという人もいると思います。
以前はそういった人とどうしたら上手くやっていけるのだろうと
思い悩みましたが、合わない人が地球上に何人かいても仕方ない。
ただ、そういう方には、より一層丁寧に誠実に接するようにしています。

ですから、私は、職場や友人、人間関係で悩みは殆どありません。
勿論、色々な方がいて、皆が同じ方向を向いて行けないこともありますが、
必ず解決する いつもそんな思いで臨んでいます。

そして、どんなことがあっても
何があっても いつも笑顔で。

今日も皆さまにとって素敵な一日であります様に。

写真&執筆 Nicho


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