言葉の力

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言葉。

この力、本当に大きなものですよね。

普段、何げなく発した言葉で、とてつもなく元気になれたり
逆に言われて落ち込んだり。

私は子供に対しても、生まれた時から一人の人間として尊重して向き合うべき
と考えていました。
不完全ですから時にやってしまったこともあるとは思いますが、
『否定しない』『命令しない』という子育てを極力心がけてきました。

すべきことは理由をきちんと説明して「~しなさい」ではなく「~しようね」。
「ママは~した方が良いと思うけれど、あなたはどう思う?」

元来持っている特質もあるでしょうけれど
とても穏やかで、肝の据わった落ち着いた子に育ちました。
けれど、これまでを振り返って、大きくなった彼に言われてしまいました。

それは、こんなことです。
小学校の勉強は、本当に簡単だった。(まあ実際簡単ですが)
お母さんに『高学年になってくると段々難しくなるからしっかり予習復習をしないとね』
彼の中に『難しい』という概念は無かったのです。
簡単だと思っている彼は『はて、難しいとはどんなことなのだろう。
段々難しくなるのか・・・。』そう考えてしまいました。

彼に『勉強は難しい』という概念を植え付けてしまったのです。
それからは、段々難しいと感じるようになってしまったようです。

勿論、そんな言葉など気にも留めない子もいるでしょう。

ですが、無意識に言っている「あなたは〇〇だから~~」
「どうしてあなたは〇〇なの!」
こんな言葉が、子供の可能性を狭めてしまうのです。
皆さんもそう言われて育ってきませんでしたか?

『そうか、自分は〇〇なのか』と
顕在もしくは潜在意識に植え付けられてしまうのです。
もしかしたら、確かに持ち合わせている性質にそんな片鱗が
あるかもしれません。

だとしても、わざわざマイナスイメージを固定するのでなく、
意識からそらすことで次第に解決するかもしれませんよね。

例えば、少し動作が緩慢だとしても、それは見方を変えれば
丁寧ということ。
わざわざダメ出しをする必要などなく、黙って見守る。
「あなたは仕事が丁寧ね」と言われれば自信が持てる要素が増えます。

子供に限ったことではありません。
友人や同僚、上司に「〇〇さんて、~~よね」などと言われると
『そうなのか、自分は他人からそんな風に見られているんだ。そんな所があるのか。』
などと思ったりしていませんか?

例え親でも友人でも、24時間見ている訳ではないし、その人の状況、心の中、
意識や可能性を全て見透かせている訳ではありません。

だから嬉しい言葉だけ拾って、捲いて、他人の言葉に惑わされないこと、
可能性を潰しかねない言葉を発しないこと。

それが自分や他人の心を自由にし、可能性を広げるものになるのですね。

私自身も時折、『私なんて・・・何が出来るだろう。全て中途半端な気がする』
と思うことがありました。

今は神様と繋がっていることを実感できて
『私にしかできないことがあるし、やろうと思うことはきっと何でも出来る』
という強い気持ちを持ち続けることが出来るようになりました。

そしてその礎は母の言葉。
『あなたはやれば出来る子なんだから。』

これは何も私に限ったことではなく、何方にも当てはまる言葉ですけれど。

成績が芳しくない時、母は決まって言いました。
母は決して私を否定しませんでした。いつも認めてくれました。
それが今になっても私を勇気づけてくれているのです。

私達は皆、神様と繋がり、見守られているのですから、
出来ないことなんてない。

他人から言われた言葉で、心に自らブロックをかけることなく、
自由になりませんか。

執筆 Nicho


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