人生は旅。毎日が旅。ココロから望むことを​見つける旅。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+

ココロから望むこと
それは容易に自分ではわからないようになっています。
だからといって誰か他の人にわかるはずもありません。
ココロから望むこと、とは真の自分が望むこと。
では、真の自分とは?
、、、、
すでにここが難題なのです。

自分が自分に距離を置かないと知ることができないののが
真の自分。
時には他者の鏡を通して知ることになったりすることは
すでに知られていますね。

自分と距離を置かないと真の自分を知ることができないのに
距離を置くことによってその距離(間)に
経験や概念や思考、感情などが入り込み
純粋に自分自身を見ることがどうしても難しくなってしまいます。
ややこしいですね。
鏡を通して見ることになったとしても
やはりエゴや比較が鏡を曇らせてしまいます。

では一体どうしたら真の自分に出会えるのか。
生まれたばかりの赤ちゃんのように
真っさらなココロの状態になれれば、、、、
何もかも知らない頃の自分に戻れれば、、、、
しかしながら人は、一度知ってしまったことを
知らなかったことにするのは到底難しいのです。
忘れることは簡単なのに、不思議ですね。

知ることの積み重ねを知識と言うのなら
知識を獲得すればするほど自分から遠ざかる??、、、
本をたくさん読んでいる友人が話していました
「知識だけは、裏切らない」と。
自分とより知識と仲よしになるイメージ?

知識を蓄えるのはとてもとても素晴らしいことです。
加えて、かの哲学者ソクラテスの言葉
「無知の知」にあるように
知らないということを知ることも大切。
どんな時も、自分は何も知らないということを
知ることからはじめるのです。
その謙虚な姿勢が
知らないことを知ろうとする原動力となり、
結果真の自分に近づく近道に。

小川洋子さんの著書「科学の扉をノックする」によると
わたしたちを司るDNAはまだ
たったの3%ほどしか解明されていない!
そして宇宙のことで解明されているのも3%!
という必然!(ここはあえて偶然ではなく必然と)
3%、、、、ほとんど知らないといってもいいですね。

何も知らないということを知ることは
謙虚さと感謝を際立たせ
知ることのよろこびは子どもの頃の興奮や
夢中になることの気持ちよさを呼び覚まします。
何かを知らない人に対しても誠意で接し、教えることで
知るよろこびをシェアします。
どんなにたくさんの知識があったとしても
無知の知の精神で限りない探求を続ける。

探求を続けながらその過程で
真に自分が望むことを知っていくのです。
その頃、旅の折り返しに入ります。
知識がありながらも探求し続けていくことは
今一度赤ちゃんの頃の純粋なココロに
戻ることでもあります。
純粋なココロにこそ真の自分が映し出される。
同時に、ココロから望むものが見えてくる。
それこそが無の境地ではないかとわたしは感じています。

この混沌とした世界に旅しながら、どれだけ無になれるか。
無になれる時間が多いほど
ココロから望むことがクリアになっていきます。
自分と距離を置いて、なおかつその間にある経験や概念や思考、
感情を取り除いて真の自分に近づいていく。
そうやって真の自分を知っていく旅、それが人生。

なんだかとてもとても難しいことのようだけれど
それを知ってしまえばとてもシンプルなこと。
無になれる時間、場所、方法、、、なんでもよいのです。
毎日のほんの少しでも、無を意識して過ごしてみませんか?

写真&執筆 村上志乃


Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする