氣付いた時から変わる

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「自分に心を開く」

なんて言うと、

なにか違和感を感じるかもしれません。

でも、私達は、

自分を大切に出来ていない時ほど、

他人にも自分にも、心を開いてはいません。

身体をなげうって、

心は固く閉ざしています。

閉ざされた心の中で展開されている、

一連のドラマを、知ることはなく、

見ようとしない自分から自分への、

メッセージとして、

身体に、何かしらの不調が出るのです。

閉じた心から漏れ出た光は影を作ります。

その光には、蛾も寄って来ます。

閉ざされた心が作る負の連鎖は、

こうして起こるのです。

見たくない自分とは、

見せたくない自分とは?

見ることで、自分を嫌いになりたくないから、

見ることで、出来ない自分を認める事になるから?

いいえ、

自分を嫌いだから見ないし、

出来ない自分を知っているから、

見たくないのです。

見てしまった時のショックを恐れて、

それを隠す為の怒りや、無気力、無関心という装い。

沢山の武器を手にいれ、

私達は、大人になりました。

いつも、

人より劣っていると感じるのが怖いのです。

物心がつく前、

私達は、いつも発見と驚きで溢れていました。

触れるもの、見るもの、

全てに不思議さと、憧れを抱いていました。

心を全開にして、

全てと触れ合って来たのです。

では、いつ、閉じてしまったのか?

それは、傷ついたとき、です。

もう、傷つきたくないから、

もう、また、こんな思いをするのが怖いから。

自分を守るために閉じたのです。

大好きな自分を守る為に、そうしたのです。

そう、私達は、自分を大好きだったのです。

大好きな自分が辛い思いをしないために、

閉ざした心が、病んだのです。

開放的な歌や、

開放的な生き方を見て、

心が動くのは、

或いは、けなしたくなるのは、

解放してほしいという自分が、

閉ざされたシャッターを叩く音です。

もう、そんなに脆くないのです。

自分の居場所を、自分で作れるのが大人なのです。

経済的な事だけではないのです。

選ぶ自由が、私達にはあるのだから。

自分が自分に心を開く自由を許してあげてください。

その自由を奪ったのは、あなた自身ですから。

あなたが自分に許可して下さい。

絵&執筆 島貫めぐみ


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