対話する

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何かしら、嫌な事があった時、

それを振り返っている時の、

自分の身体を意識して見て下さい。

どこに力が入っていますか?

歯を食いしばっていましたか?

肩に力が入っていましたか?

腰はどうでしたか?

力が入っていたのなら、

ゆるめましょう。

だらんと、仰向けなどで、

地面に吸い込まれて行くかの様に。

その時に、

中々力が

うまく抜けない場所が

あったのなら、

そこは、慢性的に痛んだり、

不調を感じてはいませんか?

起こった不快な出来事は、

何が不快でしたか?

どうして不快なのでしょう?

また、どうあったら

良かったのでしょう?

自分が満足する答えを

考えてみましょう。

満足する答えを見つけた時、

そこには、

恐らくエゴがいます。

そのエゴと、

ゆっくり向き合ってみましょう。

その事が、

自分の領域を譲る

一歩になります。

相手、というものを

見つめて行かれる道が

作られて行きます。

道を広げて行かれた先に、

思いやりというものが

やっと持てる様になるのです。

エゴの支配下では、

反省ではなく、

被害者意識だけがあり、

常に不幸な自分を演じ続けます。

その方向に道を広げた時に、

相手の事は分かりません。

でも、恐ろしい事に、

考えた氣にはなるので、

反省したつもりにもなるのです。

反省した時に、

心から安堵出来たり、

すうっと、肩の力が抜けたり、

そんな風になれるのが、

本来の姿です。

そうならない、

一人反省会めいたもの、

を続けているのなら

それはエゴに

支配されているのかもしれません。

子供の頃、

好きな子に貰ったモノを、

誰にも譲りたくないし、

触らせたくない、

そんな風に思った様に、

私達は、

親やパートナーから

与えられた価値観を、

心の奥底で、

隠し持っていたりします。

でも、それは、

貴方の価値観ではありませんから、

何か矛盾したような、

違和感として、

モヤモヤします。

どうもスッキリしない、

息苦しい時、

それは、

その様な、

本来の自分とのズレを

深い所の自分が、

必死でお知らせしているのです。

身体をゆるめて、

聞いてみて下さい。

「どこに行きたい?

どう過ごしたい?」

すぐに叶いそうな事

で無くとも良いのです。

子供が直ぐに、

お母さんに、

「見てー、見てー!」

と言う様に、

貴方の心の貴方も、

いつも、

「見てー、見てー!」と

言っています。

見てあげると、

そこには満面の

笑みが待っています。

その笑顔を見れる事が、

始まりの大いなる第一歩です。

絵&執筆 島貫めぐみ


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