公園が教えてくれる事

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+

土曜日の公園は特別だ。

普段はママに任せきりの子供達を、

パパが連れて、

遊びに来ている姿が目立つのです。

我が家のパパは、

土曜日が休みではないので、

私と息子の二人で、

そんな土曜日の公園を楽しみます。

平日よりも賑わった公園で、

息子は友達ハントに

余念がありません。

少し大きな公園に行けば、

普段見かけないお友達や、

大きいお兄さん達がいて、

未知の遊びを教えてもらえるのが、

とても楽しみなのです。

だから、早くも公共の場では、

普段の甘えん坊ぶりを隠して、

あっちいけ、とばかりに、

すぐに姿を消します。

ですから、最近は、

少し離れた所で、

危険や諍いがない限りは、

眺めていたりします。

それと、色んな親子のやり取りを、

何気なく聞いて、

フンフン、なるほどな、

などと思っていたりします。

パパと一口に言っても、

様々なパパがいます。

娘と、まるでデートの様に、

恥ずかしげに、嬉しそうに、

遊んでいるパパさん。

ただの大きな子供と化して、

走り回って遊んでいるパパさん。

眺めていると、

「そんなのおかしいだろうが!」

と、大きな声が聞こえました。

身体の大きな、

ヤンチャそうなパパさんが、

口を尖らせて、

娘さんに怒っています。

そして、もう一人の娘さんの肩を抱き、何か慰めています。

話が丸聞こえでしたので、

整理して言うと、

鬼ごっこの鬼をやりたくないからと、一人の娘さんが、

もう一人の娘さんに全て押し付けて、

いいとこ取りをしていた、

という感じらしいのですが。。

その事を人目も憚らず、

パパさんは本気で怒っています。

パパというより、

大きなガキ大将、

何だか素敵でした。

私は思いました。

子供の時、

大人の権威を

振りかざすのではなく、

同じ目線で見てくれて、

本気で庇ったり

怒ったりしてくれる大人が、

私も好きだったな、と。

このパパさんは、

世間的にどうか知りませんが、

子供の頃に、

私の好きだった大人だなあ、

そうありたいなあと、

無意識に思っていた姿だなあと、

思いました。

そのパパさんは、

ひとしきり怒り、

それが伝わり、その後、

その親子は、

仲良く夢中に遊びを

再開していました。

その間にも、

何処にでも行ってしまう息子を

追いかけて、

別のゾーンに行くと、

またもや、

怒っている声が聞こえます。

つい、耳を傾けました。

うんていで、

うまく遊べずに

メソメソした女の子を、

パパが叱っています。

でも、その叱り方は、

上司が部下を叱る様な、

叱り方でした。

そして泣き止まない事を

叱責しているのですが、

聞いている、こちらさえ悲しく、

泣きたい気分になりました。

私は思いました。

自分も、

こうなっている事が

あるんではないのかなと。

現れる事は、

いつも大袈裟で、分かりやすい、

象徴的な姿でやって来ます。

全ては自分の鏡だと、

こちらに分かりやすい様に。

叱っても上手くいかない時、

子供に声が届かない時、

きっと、私の中にも、

この上司を叱る部下の様なパパが

います。きっと。そうなんだ。。

ふぅー、大分、応えるなあ、

と思いつつ確信し、

何だかスッキリ。

また、息子は

何処かに走って行きます。

遊具のゾーンから

大きく外れた川沿いで、

知らない男の子と、

5秒くらいで親友になり、

二人で走って行きました。

残されたその子のパパと私は、

仕方なく追いかけて、

追いかけて、いつの間にか、

四人で、夕方まで遊びました。

子供の頃は、

初めて出会った人でも、

その後、全く会わなくても、

その遊び時間を

夢中に共有するのが

日常だったよなあと、

清々しい氣持ちで

思い出していました。

土曜日の公園は特別なんです。

こういう何でもない特別を、

私は楽しいと、

いつまでも感じていたいなあと

思うのでした。

絵&執筆 島貫めぐみ


Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする