富の哲学

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アメリカではではかつてないほどの
富を蓄える人と貧しい人が現れている。

生きている間に1万分の1も使うことが
できない富を持つ人、

明日すらも生きることができるか不安な人。

それが同じ国に住んでいるという現実。

富を持つ人たちは貧しい人に対して
努力の足りなさを指摘し、
貧しき人たちは富を占有する人たちが
富を独り占めしていると言う。

この考えがいつの間にか、
国家間の乖離を引き起こしている。

それが、今のアメリカ大統領の
共和党候補としてアメリカ国民の
人気を集めていることに現れている。

EUではドイツを筆頭に積極的に
難民受け入れを推進していたが
度重なるテロ、移民への手厚い
経済援助が明らかになるに従い
ヨーロッパ全体に移民への
不満が広がり、イギリスのEU離脱、
ドイツのメルケル首相の移民受け入れ
政策の失敗を認めるなど、
富を分け与えようという雰囲気から
一転、自分達の富を守ろうという
流れへと変わっている。

そして、自らの富を守るために
それを脅かそうとするものを
排斥する動きが支持を集めている。

私たちの安全をあの国、
あの人達が脅かしている。

あの国、あの人達が
私たちの国の富を奪っている。

いつの間にか自らの貧しさの原因を
外に向けている

80年前、世界大恐慌に
陥っていたあの時代を
見るようだ。

ドイツはユダヤ人が富を占有していると
敵視し
アメリカは日本人が雇用を奪っている
と敵視し
日本は満州の既得権益を認めない
世界の国々を敵視した。

そして、あの戦争があった。

今、お金、富みに対する人々の
考え方を変える時だと考える。
その考えを変えることができれば
この流れが変わって行く。

その考えとは、
富は占有するものでなく
共有するもの。

例えば、私はパンを作るのが
得意としよう。

ある人は小麦粉を
作るのが得意。

ある人は牛を育てて、
牛乳を作り出すことが得意。

ある人は○○を作るのが
得意。
・・・・・・・・

得意なものを持ち寄ってもらい
私がパンを作り、
材料を持って来てもらった人には
パンを分ける。
そこに音楽が得意な人がいれば
音楽を演奏してもらいパンを分ける。

自分の出来る事をお互いに
共有しあって、欲しい物を
作り出し、また共有する。

将来の不安を考え、富を蓄積してきた
私達。

しかし、このように富を共有できる
ことができれば、もう将来の不安を
感じることは無い、一生使い切れない
富よりも、今を分かち合える富さえ
あればそれで十分と分かり合える。

今こそ私達は富の新しい哲学に
従って変わって行く事を求められて
いるのでないでしょうか?

それとも、歴史を繰り返すのか。
この80年目に入る2020年
からが大きな歴史の節目になる。

執筆 小川俊次


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