思考パターンの観察

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言い過ぎたな、と思った時に、

後から分析してみると、

大抵、相手に対する決めつけや、押し付けが見えてくる。

「また、あの人、あんなことして!」とか、

「だから、あの人はこうなんだ。」とか。。。

その、「また」とか、「だから」というのは、

こちらで設定した基準が産んだり、

こちらの立場から見た光景な訳です。

なぜ、「また」とか、「だから」という決めつけや、

思い込みが生まれるのかを紐解くと、

自分の快、不快が見えてきます。

では、何故、快く思っているのか、

何故、不快に思っているのか、というのを、

見つめてみると、

自分の背景に在るものが見えて来ます。

それは、自分への自信のなさ、だったり、

過去の嫌な事が起因していたり、

面倒くさい、と思っていたり。。。

かなり、自分勝手な事が根底には眠っていたりします。

この事を、しっかり見つめた上で、

では、どうなりたいのか?

どんな人になりたいのか、ということを、

とことん考えてみましょう。

その、「なりたい像」が決まったら、

最初は、なりきって、セリフでも言うように、

言葉を選んで言ってみるのです。

慣れていくまで、失敗したり、

釈然としない心地となることでしょう。

根底に眠るエゴを覆すのは、

少し苦痛を伴うのです。

挫けそうになったら、

また、見つめ直す作業に戻りましょう。

初めて見つめた時よりも、

もっと、そのエゴに嫌気がさすことでしょう。

もう一度、一から取り組んでみましょう。

この作業に至った時点で、

もう変化は始まっているのです。

少しの期間、苦戦を強いられますが、

ある日氣付くと、過去の自分の姿として、

それは、あるだけなのです。

身体が身につけてしまえば、

自動的に、思考のパターンというのは、

変化するものなのです。

絵&執筆 島貫めぐみ


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